大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和22年(ワ)2518号・昭23年(ワ)3424号 判決

東京都中央区木挽町一丁目五番地の一宅地二十四坪一合九勺のうち、六坪九合三勺に対して被告(反訴原告)が原告(反訴被告)に対する借地権(罹災都市借地借家臨時処理法第二條、第九條の申出によつて昭和二十一年十二月五日設定されたもの)をもつていることを確定する。

原告(反訴被告)は右の土地を被告(反訴原告)に引渡すべし。

本訴及び反訴の訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

この判決は、被告(反訴原告)において金一万円の担保を供するときは、第三、四項に限り、仮りに執行することができる。

二、事  実

原告(反訴被告、以下原告とよぶ)訴訟代理人は、本訴について「東京都中央区木挽町一丁目五番地の一宅地二十四坪一合九勺のうち六坪九合三勺に対して被告(反訴原告、以下被告とよぶ)は原告に対する借地権をもつていないことを確定する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を、又反訴について「反訴請求を棄却する。反訴訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、本訴請求の原因並びに反訴に対する答弁として、「東京都中央区木挽町一丁目五番地の宅地二十四坪一合九勺は伊達定宗の所有に属し、そのうち原告は十坪七合六勺、訴外岡安鬼頭次は六坪九合三勺、訴外坂田某は六坪五合をそれぞれ建物所有のために伊達から賃借して、いずれもその上に家を建て、被告は岡安所有の家を賃借していたが、これらの家屋は昭和二十年三月二十日防空上の必要により取り毀しとなり岡安の借地権はなくなつた。原告は昭和二十一年七月一日、所有者伊達定宗の管理人である日本不動産株式会社に対し、旧借地十坪七合六勺について賃借の申出をし、坂田も当時その旧借地六坪五合について同様の申出をしていずれも承諾をえた。たまたま前記土地が賣りに出るということを聞いたので、原告は被告に対し、『土地所有者と借地契約をして、もとの土地にお帰りになつてはいかが。』と再三勧めたが、被告は昭和二十一年七月一日、同月二十五日、八月二十日、九月二十五日、十月十日の五回にわたり、或いは土地が狹すぎる、或いは文房具屋も四、五百名の小学生相手ではやつて行けぬなど、明かに借地の意思のないことを表明し、もつて原告のため賃借の申出権を放棄した。そこで原告は安んじて昭和二十一年十月二十二日右管理人会社から前記宅地二十四坪一合九勺を代金一万六千九百三十六円五十銭で買受け、同年十一月六日までに代金を完済して所有権をえ、昭和二十二年二月二十一日所有権移轉登記をすました。しかるに被告は、昭和二十一年十一月十三日岡安の旧借地六坪九合三勺について、前記管理人会社に建物所有のため賃借の申出をし、法定期間内に拒絶せられたため、東京地方裁判所に申立てゝ決定をえ、右土地に対して借地権をえたと主張しているが、前示の如く被告は原告に対し賃借の申出をしないといつて賃借申出権を放棄しているのであり、仮りに右の如くいつたことが賃借申出権の放棄にならないとしても、被告は自らいつた右の言葉に拘束されて、この言葉を信じて土地を買受けた原告に対して賃借権を取得することができないのであるから(英法にいわゆる禁反言の原則わが法上信義誠実の原則)被告は右土地について原告に対する賃借権をもつていないのである。仮りに被告の賃借申出権がなくなつたということがなく、原告の右主張が理由ないとしても、被告は、昭和二十一年十月二十二日原告が前記土地を買受けたのち、その事実を認めて、右土地を賣つてくれと原告に申込んだのであるから、この所有権移轉について、登記の未了を主張する権利、即ち原告の所有権取得を否認する権利を失つたのである。そして、その後である昭和二十一年十一月十三日に被告は前記管理人会社に対して賃借申出をしたのであるから、右申出は所有権者でない者に対してしたことになり、何も効力を生じないのである。仮りに被告が昭和二十一年十一月十三日にした右管理人会社に対する賃借申出が有効であり、同年十二月五日から借地権を取得したものとしても、その借地権は登記もなく地上に登記した建物をもつているわけでもないから、これをもつて昭和二十二年二月二十一日右土地につき所有権移轉登記をすました原告に対抗することはできないのである。なお被告のいう昭和二十二年六月十九日の東京地方裁判所の決定は、確定はしているが、原告は右事件の審問期日のはじまる前に右土地の所有権をえ、所有権移轉登記を受けたのであるから、右決定は原告に対しては既判力をもたないのである。」と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、本訴について主文第一項同旨及び訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を、反訴として、主文第二、三項同旨の仮執行宣言つき(三、四項に対し)判決を求め、本訴に対する答弁並びに反訴請求の原因として、「原告の主張する事実のうち東京都中央区木挽町一丁目五番地の宅地二十四坪一合九勺の中六坪九合三勺を岡安が所有者伊達定宗から建物所有のため賃借してその地上に家屋を建築所有し、この家屋を被告が賃借していたが、昭和二十年三月二十日この家屋がいわゆる強制疎開で取り毀しとなり、岡安の借地権がなくなつたこと、昭和二十一年十月二十二日原告が右二十四坪一合九勺の土地を管理人日本不動産株式会社を通じ伊達定宗から買受け、所有権をえて、昭和二十二年二月二十一日所有権移轉登記をすましたことは認めるが、被告が原告のいうようなことをいつて賃借申出権を放棄したことはない、その余の事実は知らない。被告は昭和二十一年十一月十三日伊達定宗の管理人日本不動産株式会社に対して前記土地六坪九合三勺につき建物所有のため賃借の申出をしこれに対し右管理人会社は他に賣却したからと云つて法定期間内に拒絶したが、この拒絶は正当事由をそなえるものでないから、被告は右申出の日から三週間を経過した昭和二十一年十二月五日に借地権をえたのである。そして伊達定宗を相手方として被告がした罹災都市借地借家臨時処理法第十五條にもとずく申立に対して、東京地方裁判所は昭和二十二年六月十九日被告が右土地につき昭和二十一年十二月五日以降十年間建物所有の目的で借地権をもつていることを確定する旨の決定をし、この決定は確定した。原告は被告が借地権をえたのち、昭和二十二年二月二十一日に係爭土地につき所有権を取得したのであるから、被告との間の右借地権関係も当然承継したのである。しかるに原告は被告の借地権を否認し、右地上に木材鉄骨等を積んで、これを被告に引渡さないので、ここに反訴請求をもつて被告の借地権の確認並びに係爭土地の引渡しを求める。」とのべた。<立証省略>

三、理  由

東京都中央区木挽町一丁目五番地の一宅地二十四坪一合九勺は伊達定宗の所有に属しそのうち六坪九合三勺の部分を岡安鬼頭次が伊達から建物所有のため賃借して、その上に家を建て、これを被告が賃借していたが、この家屋は昭和二十年三月二十日防空上の必要により強制疎開によつて除却され、岡安の借地権はなくなつたこと、その後疎開解除となり右土地は所有者伊達に返還されたので、被告は昭和二十一年十一月十三日伊達定宗の管理人日本不動産株式会社に対して建物所有の目的で賃借の申出をしたところ、法定期間内に拒絶されたので、伊達を相手方として東京地方裁判所に罹災都市借地借家臨時処理法第十五條にもとずく申立をし、同裁判所は昭和二十二年六月十九日被告のいうような決定をし、その決定が確定したこと、原告が昭和二十一年十月二十二日伊達定宗から右土地二十四坪一合九勺を買受け、所有権をえて、昭和二十二年二月二十日所有権移轉登記をすましたことは、当事者間に爭いがない。

東京地方裁判所が昭和二十二年六月十九日にした前示決定は、確定してはいるが原告はこの六月十九日の前に右土地を壤りうけて昭和二十二年二月二十一日所有権取得登記をすましているのであるから右決定は原告には既判力を及ぼさぬのであり、從つて原告との間では被告が昭和二十一年十一月十三日にした賃借申出によつて賃借権をえたかどうかを判断しなければならないのである。

ところで、原告は「被告は昭和二十一年十月二十二日原告の土地買受の事実を認めて本件土地を賣つてくれと申込み、かくて原告の登記未了を主張する権利を失つたのであるから、前記管理人会社に対してした賃借申出は土地所有者でない者に対してしたことになりその効力を生じない。」と主張するが、民法第百七十七條は第三者に一種の否認権を與えるものでなく、第三者の利益とていしよくする範囲において登記のすまぬ物権変動の効力を法律上否定するのであるから、被告が原告に所有権が移轉したことを知つてさきに原告に買受の申込をしたことがあつたとしても、昭和二十一年十一月十三日の賃借申出の点について、原告は、本件土地の所有者は原告であるということを被告に主張することができないものといわなければならないから(被告の善意惡意がこの対抗の問題に何も関係ないことはいうまでもない)原告の主張は理由がない。被告のした賃借申出は申出の相手方を誤つたのではないのである。

そこで原告のいう賃借申出権の放棄の点について判断を與える。証人遠藤美代の証言、原被告各本人訊問の結果を合せ考えると、昭和二十一年七、八月頃、原告が被告に二、三回にわたり、「もとのところえお帰りになつては如何。」とすすめたのに対し、被告が「材木が高いからなあ。」とか「そうだなあ。」とかあいまいな返事をしたことはこれを認めることができるが原告本人のいつていることのうち、「狹いので借りたくない。」などと被告がはつきりと借地の意思のないことを表明したという部分は信用することができないしほかに原告の主張する事実を認めることができる証拠はない。即ち被告が右のようにあいまいな返事をしたことによつて土地所有者伊達に対する賃借申出権を放棄したことにはならないし、又右のあいまいな返事をしたにも拘らず、後に賃借の申出をしたからといつて、いわゆる禁反言又は信義誠実の原則に反するとは到底いうことができない。この点に関する原告の主張も失当である。

かようなわけであるから、昭和二十一年十一月十三日被告が土地所有者伊達の管理人日本不動産株式会社に対し、建物所有の目的で係爭土地の賃借の申出をしたことは、筋の通つたことであり、右管理人会社が法定期間内に右申出を拒絶したことは当事者間に爭いがないが、右申出拒絶に正当事由があつたことについては、何等主張立証がないから(他へ賣ることが正当事由にならぬことはいうまでもない)土地所有者伊達は申出の日から三週間の期間の満了により申出を承諾したものとみなされ、從つて被告は昭和二十一年十二月五日から係爭土地の上に借地権をもつに至つたものといわなければならない。

最後に、被告の賃借権は、対抗要件をふんでいないから、原告に対抗することができないという原告の主張について考える。罹災都市借地借家臨時処理法第二條(第九條で準用する場合を含む)の賃借申出によつて設定された賃借権は、その設定のときに対抗要件をそなえたと同じに扱わなければならない。このことは同條が「他の者に優先して」と規定し、この賃借権を特殊な性格を帶びるものとして特に厚く保護していることから、当然導き出されることである。さもないと土地所有者が惡意をもつて機敏に立ちまわることによつてこの賃借権者の保護は多く有名無実になり、罹災都市借地借家臨時処理法の精神は根本から破壊されたことになるのである。原告の主張は、これを採用することができない。

被告は昭和二十一年十二月五日から係爭土地六坪九合三勺の上に建物所有のための賃借権をもつているのであり、原告はこの土地を伊達から買受けて所有権をえ、昭和二十二年二月二十一日所有権取得登記をへたのであるから、伊達と被告との間の賃貸借関係を承継しその結果被告に対して右土地を引渡すべき義務を負うこと、当然である。

本訴請求は理由なく、反訴請求はもつともであるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を仮執行の宣言について同法第百九十六條を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 新村義廣 守屋美孝 西村宏一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!